umenikki

窓をあけますよ

いつもほがらかではいられないけれど、小さな旅を歩んで生きる

「毎日ほがらかでもいられない」

 こちらは、ほぼ日刊イトイ新聞の2013年のコンテンツ
ジョージさんとフレグランス」の中で

ジョージさん」が書かれていたコラムのタイトルです。

 

www.1101.com

男たちのフレグランス。- ほぼ日刊イトイ新聞

 

”人間、大人になるってことは、自分が苦手なコトもあまんじてするってコトなのよ。大人として成功するっていうことは、自分が苦手なコトを上手にできるようになるってコトなのかもしれないわね。そうすると、どんどん自分らしさを忘れるの。でもね。大人として「スゴく成功する」ってコトは、自分らしさを突き詰めるというコトでもある。だからいつも「自分らしさを取り戻す」ってことが必要になるワケね。”

 

そう、毎日ほがらかでいられたらいいけれど、そうしてもいられない。
生活していれば、なにかしらの反省や、後悔をしたり、時には他人の悪意に触れることもあるし、心も体もくたくたに疲れてしまうようなときはありますよね。

 

私は気分転換が昔から下手で、例えば出かけても出かけた先でずっとその気がかりのことを考え続けてしまうようなところがあるのですが、それでもだんだんと、気を逸らして楽しむことを自分に許せるようになってきたように思います。

 

昔は「気分転換と言っても、現実の問題がその間に消えてなくなるわけではないでしょ!」と思っていたし、正直に言うと、今もそういう考えがなくなったわけではありません。

 

でも、例えば好きな舞台のDVDを見たり、音楽を聴きながら散歩をしたりして、ほんのつかのまなら、そのことを忘れられるようになってきました。たぶん、これが気分転換と呼べるものなのかなと思います。

 

自分の場合、そんな風に変わってきた一つのきっかけはTwitterかなあと思います。私は羽海野チカさんの大ファンなのですが、ある時期、羽海野さんがブログでの日記からTwitterに発信の軸を移されたのですね。それで、羽海野さんのつぶやきが読みたくてアカウントを作ったのですが、だんだん、羽海野さんの他にも、自分の興味のある美術などの分野で発信されている方や、ことばの感覚が素敵だなと思う方のフォローをするようになりました。

 

そうして、色々な人が、同じ時にまったく違うことを考えているのに触れ、自分もそれに影響を受けて興味を持つ対象が増えたりして、それがまた楽しくて、あくまでもゆるく、他人の思考とつながることで、理想には遠い今の自分を少しだけ許せる、「まあこれもありだよね」くらいに思えるようになったような 気がします。

 

人はそんなふうに、周りからの影響だったりで常に変わっていくものですよね。だから自分らしさってとても難しくて、なので私はプロフィール作りとか自己紹介がとても苦手なのですが、自分は自分だけの小さな旅の途中にいると思って、いつもほがらかではいられないけれど、まあそれもありだよね、と思いながら、これからもゆるゆると変わっていけたらいいな、と、今日の私は思っています。